北海道のブナ林

南北海道自然保護協会 宗像和彦



 北海道渡島半島南部に生活する私たちにとって、身近な自然の森林はブナの林である。このブナ林は北海道後志地域以南と本州の主に日本海側(多雪地域)に多くみられていて、西日本を中心にみられる照葉樹林とともに日本を代表する森林である。

 ブナを主役に構成樹種や林床植物種が豊かで、動物たちの良好な生息の場ともなっている。また、肥沃な土壌は水の保持に富むことで河川の水量調整の機能が大きく、河川で生活する生物たちにも良好な環境を提供している。

 しかしこのブナ林も、土地開発、材生産を目的とした林相改変(伐採し針葉樹人工林に)や用材目的の伐採などで林地の消失や林相の劣化がすすみ、天然林や高自然度の林地の存続に危機が指摘されている。北海道のブナ林(渡島半島南部)でも、伐採などの人為が少ない自然度の高い林域は、国有林や北海道有林内の奥深い急峻山地に限られている現状にある。

 近年、日本の森林を代表する照葉樹林とこのブナ林の危機的状況について、現林野行政に問題ありとする植物研究者や有識者等の「天然性の高い林域の所属管理を環境省に移管すべき」との主張が、森林実情を知る多くの人々から支持をうけている。

 このような時期、2005年(平成17年)秋、北海道森林管理局が桧山支庁上ノ国地域の国有林(ブナ林)での間伐伐採を施行したが、その伐採と搬出のあり方がブナ林の貴重さに無配慮としか考えられないものであり大きな問題となった。北海道自然保護協会(佐藤謙会長)が現地の詳細調査を行い、引き続き私たちの協会も2006年秋にかけて幾度か現地視察に入ったが、伐採量については管理局が認可した880本以外に隣接林班から281本を伐採、さらに隣接する北海道有林での伐採(13本)が行われていた(本数は管理局報告数)。

 また、伐採目的を林育成のための間伐としているが、現状は用材用の択伐としか判断できない状況(搬出用積材から)があり、部分的には皆伐に近い箇所もみられている。伐採された林域は山襞の尾根筋に近い斜面で急斜地も多く、風当たりが強く冬季の風雪も厳しいことが予想されるが、この地での伐採が果たして育成に繋がる施行なのかの疑問も残る。さらに、伐採や材搬出用の作道についても、重機により剥がした表土や伐採根を斜面下に投棄という乱暴な処置が随所にあり、それによる伐採域以外の林域の傷みも無視できない状況にあった。2006年夏の現地調査では作道裸地から土が雨水により斜面を流下している状況も目にした。
 幸にも、この地域の以後の伐採計画は、北海道自然保護協会の強い働きかけもあって、現在は見直しされ取止めとなっている。

 今、わずかに残る人為の少ない北海道のブナ自然林には、悠久の時の流れのなかでブナを主役に多種の動植物たちによって築かれてきた生物社会(生態系)が成立している。そのなかには、北海道ブナ林環境に依存する地域固有の動植物種、また人為の少ないことでそこに残り得た希少動植物種の存在の可能性がある。これらは森林管理者として当然持つべき認識と考える。
 林地にはそれぞれに多様な価値がある。各林地ごとの主たる価値を的確に認識し、その林地のもつ価値の維持を図るのが管理者の責務である。この伐採問題は、北海道森林管理局の現在のブナ林の価値についての認識の浅さとずさんな管理が責められる問題といえる。

 現在、北海道森林管理局では、2007年(平成19年)に学識者による「生物多様性検討委員会」を設け、道内国有林の今後の経営管理のあり方の検討をはじめている。その趣旨は、道内の各林地の動植物調査をすすめて現状況を把握し、その実情に応じた経営管理を行っていくというものである。
 その森林区分は次のようになっている。
  1. 森林生態系保護林(原生的な天然林が広範囲に保全されている)
  2. 森林生物遺伝資源保存林(森林生態系の健全性が保たれている)
  3. 材木遺伝資源保存林(保存対象樹種が健全生育し遺伝資源が保存されている)
  4. 植物群落保護林(保護対象の植物群落が健全に生育している)
  5. 特定動物生息地保護林(保護対象動物が健全に生息している)
  6. 特定地理等保護林(特異な地形、地質等の保全が図られている)
  7. 郷土の森(地域におけ象徴としての森林が健全に保全されている)
 営林局が森林管理局に衣更えして多年を経ているが、なぜより早期にこの課題に取り組まなかったのかとの想いが強い。ともあれ、現存ブナ林域の詳細な調査がすすみ、北海道ブナ林の保護存続が図られることを期待し、森林管理者の今後の実質的方策による具体的取り組みに注目したい。

(2008年4月記)   


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