砂防ダムを撤去させ、渓流に近い川環境を復元

〜松本市「水と緑の会」の活動現場を見学〜







 全国自然保護連合のメンバーは(2013年)5月17日、長野県松本市の環境保護運動の現場を見学した。
 同市で活動している「水と緑の会」は1990年に設立された。以来、松本市の豊かな自然環境と美しい景観を守るため、さまざまな活動をつづけている。
 この日は、同会の田口康夫さん、巽朝子さん、高橋邦夫さんの3人に案内していただいた。田口さんは「渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える」の代表もつとめている。


「土砂災害から人命や財産を守る」は?

 感動したのは、牛伏(うしぶせ)川の砂防ダム(床固工)9基を半撤去・改修させ、渓流に近い川の環境をとりもどしたことである。
 かつて、松本市内には自然豊かな川がいくつもあり、さまざまな生き物を育んでいた。ところが、つぎつぎとコンクリートの河川に変えられため、生物の生息環境は悪化した。美しい景観も失われつつあるという。田口さんたちはこう述べた。
 「牛伏川も同じだ。砂防ダムがいくつもつくられたため、イワナ、ノギカワゲラ(長野県準絶滅危惧種)、ゲンジボタルなどがほとんど見られなくなった」
 「砂防ダムの大義名分は土砂災害から人命や財産を守ることだ。ところが、堆砂が進むため、すぐに防災効果が薄れる。そのため、河川管理者は砂防ダムを延々とつくりつづけている。その数は、全国で約9万基(平成20年日本砂防便覧)におよぶ。ところが、新たに砂防ダムが造られた場所でも土石流災害がおきている。“土砂災害から人命や財産を守る”という大義名分は必ずしも達成できないのが現実である」


砂防ダム9基を撤去させ、渓流に近い川環境をとりもどす

 「水と緑の会」は行政との交渉(話し合い)をねばり強くつづけ、砂防ダムの撤去を求めた。渓流をとりもどすことの大切さを訴えつづけた。その結果、牛伏川につくられていた砂防ダム9基が半撤去された。改修の予算は約6000万円である。
 ダム撤去・改修により、準絶滅危惧種のノギカワゲラ(水生昆虫)、イワナが再び生息するようになった。イワナの遡上や産卵もみられるようになった。子どもたちの川遊びや渓流釣りも復活した。渓流に近い環境をとりもどすことができたのだ。
 これは画期的な成果である。しかしながら、全国で砂防ダムを撤去して渓流を復元したのはここだけかもしれない、とのことだ。国交省などが撤去をしぶっているため、なかなか広がらないという。


絶滅危惧種アマナの生息地に農道建設

 午前は、農道建設によってアマナが危機的状態になっている現場もみせてもらった。
 アマナはユリ科の植物である。長野県のレッドデータブックに掲載されている絶滅危惧種だ。かつては松本市内のあちこちでみられた。しかし、いまは入(いり)山(やま)辺(べ)地区の一部にしか生息していないそうである。その貴重な場所で農道建設が進んでいるのだ。
 農道建設は地元区が強く要望している。耕作者(地権者)たちである。
「水と緑の会」が行政交渉を重ねた結果、農道建設の位置がずれ、アマナの生息地が半分くらい残ることになった。建設予定地のアマナは保存箇所に移植することになった。移植は同会と行政(県、松本市)、地元が共同でおこなっている。
 移植してから1年ほどがたった。いまのところ移植はうまくいっているそうだ。しかし2、3年後はどうなるのかと、「水と緑の会」の人たちは心配している。




参加者の感想



砂防ダム撤去・改修の現場をみて

田原廣美

 5月17日、全国自然保護連合の事務局3人で松本を訪れた。砂防ダム撤去・改修のとりくみなどを見せてもらうためだ。「水と緑の会」の巽朝子さん、田口康夫さん、高橋邦夫さんの3人に案内してもらった。
 まず入山辺(いりやまべ)に行った。農道建設工事で自然環境が破壊されている現場である。
 薄(すすき)川の支流である北沢を上がっていくと、斜面を削られて剥(む)き出しになった赤い山肌が見えた。斜面の下に行くと、赤いヒモで囲われた場所が何カ所かあった。細く長く伸びた緑の葉を指さし、「これがアマナです」と説明してもらった。アマナとは「甘い葉」の意味だ。「以前は住家の近くの田畑にも普通に生えていて、よく食べた」とのこと。ところが自然環境の急激な変化で次々と姿を消した。今ではここだけになってしまったという。
 斜面を上がっていくと、大きな木の根元の日陰で元気よく育っているアマナを見つけた。しかし、巽さんは心配そうに言った。
 「この上に農道ができることで水脈が切られるんじゃないかと心配している」
 斜面を上りきると、幅広い農道が工事中だった。小さな集落が利用するにしては不釣り合いな、立派な農道である。蛇行する農道の問にはさまれるような形で、アマナは辛くも生きながらえている。私にはそのように見えた。
 次に、砂防ダム9基を半撤去し、改修した現場に連れていってもらった。牛(うし)伏(ぶせ)川である。砂防ダムができたあと、イワナ、ノギカワゲラ(長野県準絶滅危惧種)、ゲンジボタルなどがほとんど見られなくなった。しかし、ダムの撤去によって水生昆虫が復活した。イワナも釣れるようになったという。
 一見したところ、川に大きな石が無造作に置いてあるだけだ。砂防ダムを撤去したあと、どのように渓流を復元したのかよくわからない。
 田口さんが、ダム撤去前と撤去後の写真を見せながら説明してくれた。
 「自然な渓流を生態的・景観的に復元するため、とくに石の配置に気を配った。砂防機能を持たせたり、水生昆虫や魚が生息しやすい環境をつくることなどを考慮した」
 田口さんが水溜まりを網ですくって小さな水生昆虫を捕まえ、拡大鏡で見せてくれた。ノギカワゲラだった。
 「こんなすばらしいとりくみがよくできましたね」。私たちが感心していると、田口さんは言った。
 「行政、コンサルタント、業者、私たちの四者で頻(ひん)繁(ぱん)に協議と現場作業を行い、お互いが理解しあいながら進めたからだと思う」
 最後に、当連合事務局の中山さんがこう述べた。「砂防ダムを9基も撤去させたのは画期的なこと。その経験や教訓を全国に広げればいいのに……」。
 すると田口さんが言った。
 「行政はなかなか動こうとしない。先輩がつくった砂防ダムを撤去して渓流を復元するのはやりづらいのだと思う」



牛伏寺はずっと見ている

山田 隆


 北沢の下流側の土手ではクサフジの赤紫の花が満開だった。はるか遠くには常念岳(じょうねんだけ)を望むことができた。常念岳の雪渓の白さを背景に、赤紫の花がいっそう鮮やかに見えた。
 オドリコソウやホトケノザなど小さな草々を楽しみながら歩いていると、突然、地肌がむき出しになっている所が現れてきた。いきなりごみ溜めに放り込まれたようでガッカリした。農道を造るという。もう、むりやり造っているとしか思えない。
 農道建設で貴重種のアマナが脅かされている。アマナは花の時期が過ぎていた。生育条件が変わってしまったので、来年も見ることできるのか心配である。
 お昼は、量も味も満足のソバだった。水がいいからだろう。そのあと、牛(うし)伏(ぶせ)川へむかった。砂防ダムの床固めのコンクリートを撤去し、そこに自然の渓流に近づくよう石が配置してあった。石を配置するさい、多くの人たちと一緒に何度も自然の渓流を観察し調査したという。 まさに、自然の渓流こそが最大の砂防ということだろうか。
 そもそも、この砂防は明治期に新潟軍港に土砂が溜まるのを防ぐためであったという。江戸から明治の混乱期に上流の山々がはげ山になったのが原因とのことである。(その後の歴史をみても、砂防の裏には戦争の影がちらつく)
 近くには牛伏寺(ごふくじ)がある。厄払いで有名な寺だ。人間が自然にたいして無理やり張り付けたコンクリート性の「厄」を人間の手で剥ぎ取っていかなければ、と思う。
 1300年の歴史を有する牛伏寺は、自然と人間のなりわいをずっと見てきた。これからもずっと、人が自然に寄り添えるまで見ていてほしいと思った。




砂防ダムがいくつもつくられた 牛伏川=水と緑の会提供



砂防ダム(上の写真)を撤去し、渓流に近い川環境を復活=2013年5月17日撮影



入山辺地区の農道建設予定地。ここに群生していた絶滅危惧種アマナは手前のほうに移植された。



建設中の農道



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