市民の側に立ち続けた科学者

〜元石川県自然保護協会会長 木村久吉さん





 木村久吉さんは、半世紀以上にわたり石川県で自然保護運動を続けてきた。1956年は日本野鳥の会石川支部、1961年は日本自然保護協会石川支部の設立にかかわった。そして1971年、石川県自然保護協会を設立し、初代会長に就任した。全国自然保護連合の理事も務めた。


 反骨の科学者


 木村さんは石川県自然保護協会の会長を長く務め、自然を著しく破壊するの白山スーパー林道、能登・加賀海浜道路、ゴルフ場、火力発電所の建設やリゾート開発などに反対する運動で重要な役割をはたしてきた。憲法擁護や原発問題の運動などにもかかわった。
 「そのため、金沢大学では教授になれなかった。“アカのような人物は教授にできない”と言われた。退職まで助教授のまますえおかれた」
 だが、木村さんは自然保護運動などをやめなかった。冷遇されても市民の側に立ち続けた。
 話を聞き、原田正純さんや宇井純さん、小出裕章さんを思い浮かべた。原田さんは水俣病患者の側に立ち続けたため、熊本大学で助教授のまますえおかれた。宇井さんは専門的知識を生かして市民運動を支えた。そのため、東京大学では昇進の道を閉ざされ「万年助手」と言われた。京都大学原子炉実験所の小出さんは原発に批判的な立場をとっていたため、64歳になっても助教のままである。


 白山と金沢市からゴミをなくす


 木村さんは、白山をはじめ石川県各地のゴミをなくす運動も続けた。石川県自然保護協会の活動は山野、海岸などにもおよんだ。ゴミをなくす運動は各市町村の行政、教育の各団体にも広がった。その結果、現在の石川県は国内では稀なゴミのない地域として認められるようになった。
 白山スーパー林道の反対運動を始めた頃、木村さんたちをからかったり中傷したり人も少なくなかったという。「君たちは山へ行くとき自動車に乗って排気ガスをはきながら行くんだろう。山の上で自然保護を叫ぶなど、いい気なもんだ」「人よりも草が大事だと言うのか。道路がなければ、山奥の人間は病気になったとき困る。死んでもいいと言うのか」。そんな批判を浴びせる人もいた。
 「それも今は昔の話。白山登山は金沢市から日帰り可能となり、林業が主の多目的林道と称した白山スーパー林道は観光コースとなった」


 石川県の環境保全や植物研究に貢献


 1972年、木村さんは北國新聞社が贈る北(ほつ)國(こく)文化賞を受賞した。1993年は、石川県自然保護協会が金沢市文化活動賞を、木村さんは石川県自然保護功労者知事特別表彰を受けた。木村さんの表彰理由はこうだ。
 「長年にわたって、石川県を舞台に各地のゴミを除き、山野を清掃し、緑の森の保全に努め、悪草のブタクサを排除し、県下の動植物を研究的に文芸的に記録してこられた」
 木村さんは90歳だ。しかし植物の研究は続けている。


 辰巳ダムの裁判闘争をめぐって


 辰巳ダムは、金沢市内を流れる犀川(さいがわ)の中流部に計画された。計画発表は1975年だ。
 「現在のダム建設地の近くに橋を架け、地域の交通や学童の通学路に利用したいという地元のいい人たちがいた。石川県はその計画を国の予算で行うという政治家との密着行動にでた。貴重な自然や歴史的文化財である辰巳用水の存在を無視した」
 現在の裁判は2008年、事業取り消しを求めて金沢地裁に訴えたものである。木村さんも原告のひとりだ。
 「予想洪水量や河川維持流量、地域の地滑り予想などが法廷論争の中心である。1975年当時約17億円だった事業費見積もりは、完成の2013年には240億円に膨れあがった」
 木村さんはこう言い、首都圏最後の巨大な八ッ場ダムや“公共事業の西の横綱”と言われた川辺川ダム(熊本県)の計画をめぐる過去・現在の反対運動をかえりみる。


 「カネもいらぬ、名誉もいらぬ」


 最後に、木村さんは全国自然保護連合についてこんな思いを語ってくれた。
 「1956年に日本野鳥の会石川支部を設立して以降、さまざまな自然保護運動にとりくんだ。運動に長くかかわってきて思うのは、自然保護団体の中でオポチュニストが増えていることだ。純粋な自然保護活動ばかりをやれば敵が増える。会員も減少する。そこで、会を大きくするため、マスコミがとりあげやすいことに力を入れる。あるいは、行政との対立を避けたり、行政からカネをもらうことに汲々(きゅうきゅう)となったりする。そんな団体や市民活動家が増えている。そういう中で、全国自然保護連合やその加盟団体は、国民の税金を使って自然を破壊する行政に真正面から対応している。『カネもいらぬ、名誉もいらぬ』という表現がそのままあてはまる人たちの集まりである。そういう人たちが純粋な自然保護運動をつづけている。ときには行政と真っ向から対立するときもある。だからこそ、私は全国自然保護連合を評価し、つきあってきた」
 ありがたい言葉である。
(聞き手・中山敏則、2013年11月)






木村久吉さん




◇木村久吉さん
1923(大正12)年、石川県に生まれる。東大医学部薬学科卒。生薬学・薬用植物学専攻。元金沢大学薬学部助教授。日本レンゲの会名誉会長、石川県文化財保護審議会審議委員、金沢市文化財保護審議会審議委員、石川県緑化推進委員会常任理事、石川県自然保護協会会長、生活協同組合コープいしかわ理事長、日本自然保護協会評議員、全国自然保護連合理事などを歴任。
著書:『ずんべら─北陸の植物雑誌」(北国出版社)、『はしりどころ─薬草園の四季』(若草書房)など
共著:『白山』(北国新聞社)、『郷土の薬草』(石川県図書館協会)、『薬用植物大辞典』(広川書店)、『石川県の文化財』(石川県)、『サクラの品種に関する調査研究』(日本花の会)など





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