自然破壊に反対し、鳥が棲める環境を守る


千葉県野鳥の会 富谷健三会長 に聞く






 千葉には県レベルの野鳥団体が2つある。「日本野鳥の会千葉県」(旧・日本野鳥の会千葉県支部)と「千葉県野鳥の会」だ。
 「日本野鳥の会千葉県」は行政が進める開発に協力的である。東京湾奥部に残った唯一の自然干潟・浅瀬「三番瀬」の人工改変(人工干潟化)に賛成している。三番瀬のラムサール条約登録には反対している。三番瀬は日本有数の渡り鳥の飛来地である。そんな湿地のラムサール条約登録に反対している野鳥団体は、おそらく世界中で「日本野鳥の会千葉県」だけだろう。
 一方の「千葉県野鳥の会」は、「日本野鳥の会千葉県」と姿勢が正反対だ。「千葉県野鳥の会」は自然破壊に反対している。三番瀬埋め立て計画を中止させた運動では中心的役割を担った。
 そこで、千葉県野鳥の会の富谷健三(とみや・けんぞう)会長に同会の理念や活動などを聞いた。

 単なる“鳥キチ”集団ではない


 千葉県野鳥の会は自然保護運動を進めていた鳥仲間が集まり、1974(昭和49)年に誕生した。会の規約は、本会の目的をこううたっている。
     「野鳥を通じて自然との交わりを深め、自然の摂理に学び、自然を尊ぶ心を養い、これによって会員相互の親睦をはかり、社会文化の向上に尽くす」
 富谷会長は言う。
     「本会は単なる“鳥キチ”の集団ではない。鳥が棲(す)める環境を守るため、自然破壊に反対し、行動している」

 日本野鳥の会本部の変質に抵抗


 千葉県野鳥の会のもともとの名称は「日本野鳥の会千葉支部」であった。千葉県野鳥の会に改称したいきさつはこうだ。
     「日本野鳥の会は中西悟堂さんが創設した。悟堂さんは戦時中も野鳥や自然の大切さを唱えていた。ところが、日本野鳥の会の本部は1980年代に姿勢が変わった。関西国際空港の建設に加担した。また、三井不動産の江戸英雄会長を理事にすえ、同社から資金提供を受けるようになった。三井不動産は千葉県と一体となって京葉臨海部(東京湾の千葉県側)の干潟をかたっぱしから埋め立て、ボロ儲けを続けていた。日本野鳥の会本部は、野鳥の生息地をどんどんつぶす人物から資金提供を受けるようになったのである。さらに、本部事務局の姿勢を戒(いまし)めた悟堂さんを追放した」
     「日本野鳥の会千葉支部(当時)の石川敏雄支部長と大浜清副支部長は、悟堂さんの追放や本部事務局の変質をきびしく批判した。そうしたら1981年1月、本部は千葉支部の支部承認を取り消した。そのため翌2月、日本野鳥の会でなくても活動はできると考え、名称を千葉県野鳥の会に改めて石川会長のもとで活動を継続した。一方、千葉支部の中の本部支持グループは、本部の承認を得て『日本野鳥の会千葉県支部』(現在は日本野鳥の会千葉県)を結成した」

 年100回を超える探鳥会・自然観察会


 千葉県野鳥の会は探鳥会や自然観察会を精力的に続けている。
     「年間100回を超える探鳥会や自然観察会のほか、野鳥調査も行っている。月例の観察会は三番瀬、行徳鳥獣保護区、谷津干潟、花見川で開いている。月例行事以外にも、小櫃川河口、夷隅川河口、手賀沼などで随時、観察会を行っている。宿泊探鳥会も、伊豆沼、奥日光、御岳山で開いている。野鳥調査は、水鳥の一斉調査として県内各地で毎年3回実施し、水鳥の生息状況の把握に努めている」
 まさに正真正銘の野鳥愛好団体である。
(聞き手・中山敏則、2013年12月)








富谷健三さん














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