問われる利根川の治水対策

〜「利根川の堤防を歩くツアー」に参加して〜

塩野谷 勉






 構造物が心配


 (2012年)7月22日の「利根川の堤防を歩くツアー」に参加した。利根川流域市民委員会が主催したものだ。
 この日は利根川の中流部を見学した。国交省が「決壊の恐れがある」としている箇所も見た。埼玉県羽生市本川俣の148.3kmと、同県加須市弥兵衛の136.0kmである。だが、ここは戦後長い間決壊していない。国交省はどのような根拠で「決壊の恐れがある」としているのだろうか。戦後、利根川には利根大堰・河口堰や多くの橋・樋管などの構造物が建設された。これらの構造物は洪水時に障害にならないのか。将来も展望し、それらを研究し説明すべきであると思う。
 1947(昭和22)年9月のカスリーン台風では、埼玉県加須市新川通の堤防(利根川右岸)が約340mにわたり決壊した。決壊箇所にはスーパー堤防がつくられている。堤防の敷地にはカスリーン公園も整備されていて、そこに「決壊口跡」の記念碑も設置されている。
 決壊地点から下流を眺めると東武日光線の利根川橋がかすかにみえる。橋は利根川の堤防よりやや低いように見える。カスリーン台風のときは、この橋の部分に木の根などの漂流物が溜まった。そのため、川の水がどんどん上に溜まり、ここで越流し決壊した。


 堤防補強を優先すべき


 スーパー堤防の下流では「首都圏氾濫区域堤防強化対策」が進められている。段々になっている堤防の幅を大きく広げ、段々をなくして緩やかな勾配にするというものだ(図参照)。右岸(東京側)の堤防が対象で、首都東京を大洪水から守ることが目的である。堤防拡幅の総延長は70kmだ。事業費は約2700億円、移転予定戸数は1226戸となっている。
 「そこまでやる必要があるのか?」。これが現地をみての率直な感想だ。拡幅ではなく、現在の堤防の補強を優先すべきである。たとえば、いまの堤防は土砂を盛り上げたものなので、流れにより堤防が洗掘されたり、水が堤防の中に浸透したりして、破堤しやすくなっている。したがって、堤防の天端両側の法肩(のりかた)に鋼矢板を打ち込んだり、中央部にソイルセメント(土砂などにセメントを混ぜること)壁を設置したりすることを急ぐべきである。






 ダムや堤防拡幅は“金食い虫”


 利根川の治水対策をみて思うのは、どうしてこんなにカネのかかる工法を採用するのか、ということだ。わが国の経済力や財政状況からみても、もっと効率的で安価な方法を採用してほしい。
 国交省が利根川の治水対策で力を入れているのは、ダムや堤防拡幅である。これらは“金食い虫”である。たとえば八ッ場ダムは総事業費(関連事業を含む)が約8800億円におよぶ。また、計画発表から60年たつのに、完成まであと何年かかるかわからない。
 さらに、ダムの治水効果はほとんどないといわれている。それどころか、洪水時にはダムの放流が下流部の洪水被害を大きくするという事例が各地でみられる。


 治水対策の根本的転換が必要


 それよりも、前述のように堤防補強を優先すべきだ。そのほうがはるかに効率的で、安上がりである。
 また、氾濫した場合の対応策として遊水地を整備することも必要だ。治水効果は、ダムよりも遊水地のほうがはるかに大きい。しかも安上がりである。たとえば、利根川下流部に田中、稲戸井、菅生の3つの遊水地(調節池)が設けられている。3つの遊水地の治水容量は計1億840万m3におよぶ。これは八ッ場ダムの治水容量(計画)6500万m3をはるかに上回る。3つの遊水地は、普段は農地や自然観察地などとして利用されている。
 利根川沿いには遊水地に適した場所が何カ所もある。たとえば干拓地である。干拓地は農地として使われていて、住居はほとんどない。大洪水のときだけ灌水(かんすい)するようにし、灌水したらきちんと補償すればいい。
 千葉県の野田や関宿では、利根川の河川敷が酪農の牧草地として利用されている。河川敷だから洪水時には灌水する。しかし、千葉県内で有数の酪農地となっている。このように、遊水地を酪農地として有効活用することもいいのではないか。





 江戸時代の治水対策から学ぶこと


 こうした点では、江戸時代の治水対策に学ぶべきだと思う。その特徴は、洪水は常時起こるものではなく、年に一度、10年に一度、100年に一度となるごとに大きさが増大するという洪水の性質をよく理解していたことである。それらに適した土地利用策を講じていた。
 また、利根川の中流から下流にかけての沿岸村落には数多くの輪中が存在し、一般の民家でも水屋や水塚を備えていた。川が氾濫しても、大きな被害が生じないようになっていたのである。浸水区域には水に強い作物(桑、果樹など)を栽培していた。
 一方、利根川全体をみると、中流部の酒巻・瀬戸井の狭窄(きょうさく)部や、上流に存在した広大な中条(ちゅうじょう)遊水池の洪水削減効果が非常に大きかった。中条堤(ちゅうじょうてい)から下流の河道に大洪水が流れないようになっていた。
 この中条遊水地は、面積49ku、容量1億1200m3といわれている。大洪水時に大きな効果を発揮し、この中条堤が江戸時代の治水対策の要(かなめ)となっていた。
 中条堤付近は利根川の勾配が急に変化し、ゆるやかになる地点である。下流には大きな沖積平野が開けていた。これらの地域の特性をよくつかみ、酒巻・瀬戸井では、狭窄部といって川幅を狭くしておき、洪水が流れにくいようにしていた。その上流に中条堤を築き、善ヶ島堤などからあふれでた洪水をこの地域内で一時的に溜め込み、本川の水位が下がってから排出するという遊水池の機能をもたせていたのである。






国土交通省関東地方整備局利根川上流河川事務所発行『TONE PHOTO 2005 利根川航空写真集』より


栗橋吉田家の水塚

国土交通省関東地方整備局利根川上流河川事務所発行『TONE PHOTO 2005 利根川航空写真集』より


 堤防補強、遊水地整備、避難対策を基本に


 大熊孝さん(新潟大学名誉教授)は、利根川の治水対策としてこう提案している。
     《昭和22年9月洪水程度までは防禦(ぼうぎょ)するが、それ以上の洪水は上利根川沿川に積極的に氾濫させ、被害を最小限にくいとめ、その被害は全面的に救済するという方策である。この上利根川における氾濫は、昭和22年9月洪水が40年から50年に一度発生する程度の洪水であることから、少なくとも50年に一度程度しか発生しないことになるであろう。この方策は、言うなれば、瀬戸井・酒巻狭窄部上流において利根川洪水の大半を氾濫遊水させた伊奈一族の確立した利根川治水体系の現代版である。》(大熊孝『利根川治水の変遷と水害』東京大学出版会)
 ようするに、利根川の治水対策は、堤防補強と遊水地整備、そして避難対策を基本にすべきということだ。膨大なカネがかかり、いつ完成するかわからないような事業はやめるべきである。

(聞き手・中山敏則)









利根川の堤防を歩くツアー=2012年7月22日



カスリーン台風時の「決壊口跡」記念碑






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