ラムサール条約登録を実現しても苦難が続く

〜福井県敦賀市の中池見湿地〜

NPO法人ウエットランド中池見
笹木進さん・笹木智恵子さんに聞く






 福井県敦賀市の中池見湿地は2012年7月、国際的に重要な湿地を保全する「ラムサール条約」に登録された。しかし、登録区域内に北陸新幹線を通す計画が決まるなど、新たな危機が浮上している。中池見湿地を守るため20年以上も奮闘をつづけているNPO法人「ウエットランド中池見」の笹木智恵子理事長と笹木進事務局長に話を聞いた。


中池見(なかいけみ)湿地とは

 中池見湿地は広さ25haの低層湿原である。JR敦賀駅から歩いて30分のところにある。三方を里山に囲まれ、約3000種もの貴重な動植物が生息している。地下には枯れた草木が堆積してできた「泥炭層」が眠っていて、気候変動や植生変化を10万年以上さかのぼって分析することができる。
 1990年、敦賀市が中池見湿地に工業団地を計画した。工業団地の計画が頓挫(とんざ)したあと、1992年に大阪ガスが液化天然ガス(LNG)備蓄基地建設を計画した。笹木さんたちは「中池見湿地トラスト」を結成し、土地の一部を購入して開発を阻止する共有地トラスト運動を繰り広げた。この運動には全国の約800人が賛同し、そのうち600人が地権者になった。笹木さんたちのねばり強い運動により、LNG基地計画は2002年に中止となった。そして2012年7月、豊かな湧き水を供給する周囲の山間部を含む全87haがラムサール条約に登録された。


ラムサール条約登録区域内に新幹線のトンネル

 だが、笹木さんたちの喜びはつかの間だった。登録の直後、ラムサール条約登録区域の集水域に北陸新幹線を通すことが明らかになったからだ。トンネルで通す計画である。旧ルートは湿地の集水域外を通ることになっていたが、新ルートは集水域内を通ることになった。以来、笹木さんたちは新幹線のルート変更を求めて奔走している。笹木進さんはこう話す。
 「北陸新幹線(金沢−敦賀間)の新規着工認可によってルート変更が明らかになり、関係者を驚かせた。国土交通省から認可が出たのは、環境省が中池見湿地を含む9カ所を新規ラムサール条約登録湿地にすると告示した日と同じであった。開発と保全の相反することが同じ日に日本の役所で行われたという縦割り行政の弊害を世界に知らしめた」
 そもそも、北陸新幹線を敦賀まで延伸することに疑問がある。というのは、在来の東海道新幹線と北陸本線の特急「しらさぎ」を使えば、東京駅から敦賀駅まで3時間で行けるからだ。
 笹木さんたちは言う。
「そのとおりだ。北陸新幹線ができても、東京から敦賀までの所要時間は現在とほとんど変わらない。敦賀市にとって、北陸新幹線はメリットがまったくない。逆にデメリットは大きい。駅の整備費として8億円の負担を強いられる。また、新幹線が敦賀まで開通すると、在来の北陸本線は第三セクター鉄道になる。だから、市民の間では“北陸新幹線はいらない”という声が強い」
 「敦賀まで延伸する理由はこうだ。福井県は、県庁所在地の福井市に新幹線を通したいという願望をもっていた。しかし、福井まで延伸する必然性はない。そこで、敦賀に立地する原発をカードに使うなどして、敦賀までの延伸を政府に認めさせた。福井駅止まりでは筋が通らないので、原発が立地する敦賀まで伸ばすことになった、というのが大方の見方だ」


ルート変更を求める

 笹木智恵子さんは話す。
 「中池見湿地は水がいのちだ。湿地は深山(みやま)、天筒山(てづつやま)、中山(なかやま)の3つの山に囲まれている。湿地に流れ込む川は一本もない。周辺山地の稜線を結んだ集水域内に降る雨や雪によるものと、その浸透、蓄積された地下水のみで涵養されている。だから、北陸新幹線のルートは、湿地の水環境を脅かす。トンネルは、湿地から約150m東の深山に掘られる。深山は、湿地をとりまく3つの山のうち、もっとも大きな山だ。湿地への水の供給量もいちばん多いとされている。そのため、集水域としてラムサール条約登録区域に含められた。そのような山にトンネルを掘れば、水脈が切断され、湿地に重大な影響をおよぼす」
 ラムサール条約の登録区域内に新幹線を通すことは、国際的な信用を失墜させる行為でもある。
 「ウエットランド中池見」は、新幹線のルートをラムサール条約登録区域から外すよう、さまざまなとりくみを続けている。全国の自然保護団体も、建設主体の「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(鉄道・支援機構)や国交省、福井県、敦賀市にたいし、ルート変更を要請した。全国自然保護連合も要請書を提出した。
 その結果、「鉄道・支援機構」は「北陸新幹線、中池見湿地付近環境事後調査検討委員会」を発足させた。委員会は両生類や昆虫類、魚類、水環境などの専門家9人で構成され、トンネル工事などによる影響の調査手法などを話し合うことになっている。
 笹木さんたちはこう要請している。
 「現ルートでのトンネル建設ありきの議論なら意味はない。調査データなどをきちんと公開し、湿地を守るための議論をしてほしい」
 今年の2月、国際自然保護連合(IUCN)のジョナサン・ヒュー地域理事が中池見湿地を視察した。ヒュー氏は、「新幹線建設は中池見湿地の環境に影響をもたらす可能性がある。条約に登録された場所は開発計画から守られるべきだ」と語り、生態系への影響を慎重に調査する必要性を指摘した。4月9日は、ラムサール条約のクリストファー・ブリッグス事務局長が中池見湿地を視察することになっている。


現状の管理手法を危惧

 笹木さんたちは別の難題もかかえている。ラムサール条約登録後の中池見湿地の管理である。
 現在、管理を受託しているのはNPO法人「中池見ねっと」である。このNPO法人は、敦賀市が「市有地、行政財産」と強調する中池見の「管理」を定款に掲げるNPOだ。市は、このNPOに管理を丸投げしている状態のようだ。委託費(施設管理費を除き)は年間2000万円くらいである。中池見湿地の生態系をきちんと保全するためにそれを使うのならいいのだが、どうもそうではないようだ。笹木さんたちはこう嘆く。
 「市にも、同NPOにも、生態系に関する専門家は一人もいない。また、市は中池見を自然公園ではなく、観光地として都市公園のようなものにしたがっているようだ。言葉では生物多様性の保全を唱えているものの、生き物や水環境への視点は希薄である。来客者の増加を目標に掲げていて、『来園者の安全』の名のもとに、湿地の周りの木も平気で伐採する。林縁部や湿地の乾燥化が心配され、危なっかしくて、これからが思いやられる」
 「約2000万円の委託費のほとんどは人件費で、土木事業まがいの作業にも使われている。現在は市に明確な方向性がないため、NPO法人にお任せの状態だ。定期的に協議を行っているというものの、どんなやり方でも許されるという状況になっている」
 「市は、平成26、27年度の2年間をかけて中池見湿地の保全活用計画を作成するとして策定委員会を設置した。26年度に構想・基本計画を、27年度に実施計画を策定し、28年度以降は、委員会に代わり協議会を設けて管理委託業務の検討を行うとしている。その間も同NPOに管理をさせていくことになるだろう。環境の劣化が心配だ」
 今年2月、NPO法人「大雪りばあねっと。」のデタラメぶりがマスコミをにぎわした。岩手県山田町から被災地復興事業を受託したのだが、県は、2012年度の事業費約7億9000万円のうち約5億円が使途不明など不適切な支出だったとしている。相手がNPO法人ということで、山田町が委託費の使途をチェックしなかったことも問題になっている。
 中池見湿地の場合も、表向きには一般競争入札制をとっているものの、市とNPOが相談しての随意契約に近い形態という。
 「これからは、自然環境を人質にメシの種にするNPO法人が増えるのでないか。本末転倒にならないことを願いたい」と笹木智恵子さんは警鐘を鳴らす。
 ラムサール条約登録を実現しても、笹木さんたちの苦闘は続く。
(中山敏則)




ラムサール条約に登録された中池見湿地


















NPO「法人ウエットランド中池見」の笹木智恵子理事長と笹木進事務局長




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