既存砂防ダムのスリット化推進の意義


水と緑の会、渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える
田口康夫






 現在、長野県大町市の乳川白沢砂防ダム(高さ15m、幅120m、竣工昭和55年)のスリット化工事が進行中である。既存ダムにスリット(切り込み)を入れることにどんな意味があるのかを簡単に報告する。

 砂防行政は明治時代から始まり百数十年ほど経つが、全国に砂防ダムが9万基超と流路工(連続的に並び護岸が固められた堰堤群)が約8800kmなど、ほぼ全国の川に造られている。  みなさんもご存知のように、砂防ダムのない川はほとんどない。しかし、この状態で砂防の整備率は全国平均で20%であるという。仮に整備率を40%に持っていくには、あと100年近くの年月と膨大なお金を必要とする。しかし、コンクリートの寿命は50〜100年と言われ、老朽化により壊れる数を差し引けば相変わらず20%の数字だけが残ることになる。100年余の砂防行政の教訓は、この整備率の中で防災を考えていくしかないということを表し、ハード対策の限界を示していると考えるべきだろう。また百数十年造られ続けてきたことで、源頭部からの土砂の供給量が減少し、さまざまな問題が生じていることは知っての通りだ。

 これまでの川環境の変遷を振り返ってみれば、土砂供給を積極的に進めるような施策が必要になっているのが今の状況である。このことは国交省でも認めていることである。環境面からみれば、堰堤に河床まで開口部を入れることで、今まで溜まっていた土砂が流出して落差が解消され、流れの連続性が回復し、水生生物などの移動も可能となる。また土砂に埋まった景観も復活する。

 大事なことがもう一つある、高度成長期に造られた大きな砂防ダムの老朽化だ。大きなダムが壊れればそれだけで大災害につながる。スリット化で溜まった土砂が減れば、決壊時のリスクも軽減される。なお新設に比べ予算は約10分の1以下で済む。つまりスリット化は一石何鳥ものメリットがあるということである。

 厳しい財政事情から考えると、ダムの新設を止め、既存ダムのスリット化を優先させることが賢い選択になると確信する。
(2014年3月)




長野県大町市の乳川白沢砂防ダム。砂防ダムを段階的に切り下げている






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