ストップ・リニア!訴訟への提言

〜大衆的裁判闘争への転換を望む〜

中山敏則








「ほとんど勝ち目がない」

 リニア中央新幹線の工事計画認可取り消しを求める「ストップ・リニア!訴訟」は、これまで口頭弁論が5回おこなわれた。
 国交省を相手どったこの行政訴訟で原告側が勝つのはたいへんむずかしい。
 2017年6月23日にひらかれた提訴1周年記念シンポジウムで、立法学者の五十嵐敬喜弁護士(法政大学名誉教授)はこうのべた。
    「行政訴訟でいちばん大きな問題は、ほとんど勝ち目がないことである。たとえば辺野古訴訟の最高裁判決をみると、理屈をはるかにこえている。理屈をこえるだけでなく、裁判所と国が一体になっている。これを破るのはたいへんである」


朝日新聞は「リニアに反対しない」を決定

 リニア中央新幹線はJR東海が建設する。民営国策である。その認可取り消しを求める裁判で勝つためには世論を味方につけることが不可欠となる。しかし、リニア訴訟はそれがまったくできていない。
 いまはテレビや大新聞の影響力がとてつもなく大きい。テレビ・大新聞の報道が世論を大きく左右する。それは、先の東京都議選における都民ファーストの大躍進と自民党大敗が端的に示している。裁判官も世論の動向を気にする。
 ところが、マスコミはリニア訴訟をほとんどとりあげない。たとえば『毎日新聞』である。同紙は今年3月、連載「鉄路の行方─JR発足30年」でリニア新幹線もとりあげた。だが、記事には訴訟の「そ」の字も書かれていない。
 『朝日新聞』にいたっては、リニアに反対しないことを論説委員室で決めた。それは同紙の「社説余滴」に書かれている。
 原発再稼働の批判記事をひんぱんに載せている『東京新聞』も、リニアの問題点や訴訟はほとんど報じない。テレビも同じである。
 さらに、民進党はリニアへの公的資金投入に賛成した。国政政党でリニアに反対しているのは日本共産党ぐらいである。
 このような状況を変えなければ、強大な権力を相手にした裁判では勝てない。

国を負けさせると左遷される

 『週刊現代』は今年の5月6・13日合併号から8回にわたって裁判所や裁判官の実態をえぐる記事を連載した。こんなことを記している。
    「住民訴訟などで国を負けさせたりすると、偏向していると後ろ指をさされ、変わり者だと白眼視される。挙げ句、同期より処遇で遅れるというのはさすがに辛い。しかも遠くへ飛ばされるかもしれない」
    「原発を止めると左遷される」
    「裁判部門は独立していても、裁判所を運営する司法行政部門は『行政の一部』として政府と一体であらねばならない」
 この記事を読むと、法廷闘争だけではリニアを止められないことがよくわかる。


裁判官がJR東海に天下り

 JR東海の常勤監査役をつとめている江見弘武氏は天下り裁判官である。東京高裁部総括判事や高松高裁長官などを歴任し、JR東海に天下った。江見氏の役割は、「JR東海のお目付け役ではなく、古巣である裁判所のお目付け役」といわれている。
 たとえば認知症患者の列車事故裁判である。2013年8月と2014年4月、名古屋地裁と名古屋高裁で異様な判決がでた。91歳の認知症患者が徘徊(はいかい)中にJR東海の線路に入りこんで列車にはねられた事故をめぐる裁判である。名古屋地裁は、「要介護1」の認定を受けていた85歳の妻と、別居中の長男に責任があるとし、計720万円をJR東海に支払うよう命じた。二審の名古屋高裁は妻にだけ360万円の支払いを命じた。この裁判はJR東海が提訴したものである。判決をとりあげた月刊誌『新潮45』2014年10月号は、ある弁護士のこんな話を紹介している。
    「あのような判決が出るのは、先輩のいる企業を敗訴させるわけにはいかない。そういった“法曹村”独特の意識が働いていたのではないか」
 この判決は世論の批判をあびた。その後、最高裁は逆転判決をだした。妻と長男のJR東海への損害賠償義務を否定したのである。
 この裁判で重要なのは、JR東海に天下った高名な元裁判官が現役の裁判官ににらみをきかせていることである。リニア訴訟でもなんらかの圧力をかけていると思われる。
 ところが、リニア訴訟の報告集会やシンポジウムでは、そのような問題はいっさい話にでない。「汝(なんじ)の敵を知れ」はたたかいの基本となるのに、不思議である。


「主戦場は法廷外にあり」

 1975年、千葉川鉄公害訴訟がはじまった。川崎製鉄千葉製鉄所(現在のJFEスチール千葉工場)を相手どり、周辺住民が公害差し止めと被害者への損害賠償を求めた裁判である。私も原告に加わった。26歳のときである。
 相手は鉄鋼独占企業の川崎製鉄である。当時は「鉄は国家なり」と言われ、鉄鋼業の保護育成は国策であった。権力と一体となった鉄鋼独占資本が相手である。したがって法廷闘争だけでは絶対に勝てない。法廷外運動をくりひろげて世論を味方につけることが不可欠である。私たちは松川裁判闘争のやりかたを学んだ。
 松川裁判闘争は一審、二審で敗北したあと、法廷外運動に力をそそいだ。「主戦場は法廷外にあり」という言葉が生まれた。仙台から東京まで歩く「松川大行進」には延べ3万人が参加した。世論を味方につけ、ついに大逆転無罪を勝ちとった。
 千葉川鉄公害訴訟も「主戦場は法廷外にあり」を合い言葉にし、法廷外運動を旺盛にくりひろげた。地域ビラの全戸配布、街頭宣伝などをくりかえした。デモ行進もした。これらの運動には実数で2000人以上が参加した。
 このように法廷内外のとりくみを盛りあげることを、私たちは大衆的裁判闘争とよんだ。運動が広がりにつれて、大新聞も裁判の争点や進行状況などをひんぱんにとりあげるようになった。“万人の法廷”にもちだしたのである。「向かい風」を「追い風」に変え、世論を味方にすることができた。その結果、一審の千葉地裁で勝訴し、二審の東京高裁で勝訴判決以上の和解を勝ちとった。提訴から歴史的な勝利和解まで17年もたたかいつづけた。
 その後、東京湾奥部の干潟・浅瀬「三番瀬」を守る運動も千葉川鉄公害訴訟のやり方をとりいれた。埋め立て中止を求める署名を30万集めた。多彩な運動をくりひろげ、世論を味方につけた。そして埋め立てを中止させた。
 リニア訴訟も、さまざまな運動の教訓を分析し、リニア建設を中止させるためにはどうすればいいかという戦略と戦術を立ててほしい。それを原告団と弁護団、リニア新幹線沿線住民ネットワークで練ってほしい。
 なかば密室でおこなわれる法廷闘争だけでは勝てない。たとえば江戸川区スーパー堤防事業の中止を求める裁判である。この裁判では、東京地裁103号大法廷の傍聴席を原告側が毎回埋めた。映像を使った陳述も原告側にやらせてくれた。一方、被告側(江戸川区や国交省)はいちども意見陳述をしない。こうした点はリニア訴訟と酷似している。
 スーパー堤防の裁判は原告側の完敗がつづいている。国交省を相手どった裁判の判決が今年1月25日に東京地裁で下りた。原告側の惨敗である。このとき、被告(国交省)側の席にはだれもすわっていなかった。
 行政訴訟で勝利するためのキーワードは大衆的裁判闘争である。東京の品川から名古屋まで歩く「ストップ・リニア大行進」もとりくんでほしい。それぐらいのことをしなければリニアを止めるのは不可能である。
(2017年7月)





開廷に先立ち、東京地裁前でひらかれている集会



口頭弁論後の報告集会










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